社会階層のクラスタを感じるとき

今日はBibleStudyに行ってきました。以前も説明しましたが、
自分はキリシタンでもマリア様がみてるからというわけでもないです。
念のため。


前々からなんとなく思っていたのですが、アメリカでは社会階層が
結構しっかりクラスタ化されている、言い方を変えれば、つるむ人間の
経済状況や学歴がだいぶ似通っているような気がします。
というのは、去年の8月に大学院に入学して以来、結構な数の
パーティや集まりに参加したのですが、そこに集まる人間の傾向が
非常に似通っているのです。例えば、学生なら最低院生、社会人なら
医者、弁護士、上級ホワイトカラーなど、妙にお上品な奴らばっかり。
アメリカに来たらノリノリのバカなパーティが楽しめるとか思ってた
からしてみれば、酒も飲まずに知的な会話を楽しむ様をみて
ちょっと拍子抜けしたくらいです。
一昨日のベトナム系パーティは酒もノリもかなりよかったのですが、
来てる人はやっぱりそんな感じの小金持ちが多い。
会場は28歳エンジニア独身の家だったのですが、俺とそんなに年も変わらない
というのに、一軒家所有どころかクルーザーまで持ってやがります。
アメリカの上級エンジニアは30前後で年収一千万超えるとか。
自分は院生というだけで引っかかってるのですが、幸いアメリカでは
コンピュータサイエンスのブランド力は結構高いらしく、何とか持っては
いる感じです。


と、ここまで書きつつ、これって日本でも普通に起こってるかもなあ
なんて思ったり。実際社会階層は存在するし、特に生活保護を受ける
家などは、代々続くらしいです。以前役所で障害者関連のバイトをしていた
ことがあるのですが、そのときはIQによる階層化なんて話も耳にしました。
実際IQはかなり綺麗なガウス曲線を描くらしく、必ず一定数の天才と
知的障害者を生み、IQが近い者同士で交配が行われ、蛙の子は蛙になると。
トンビが鷹を生む確率を考えると階層がある程度固定するのは自然なわけで、
逆に階層が存在しながらも、それを普段意識せずに生活ができている
日本はまだまだ平等な社会なんだなあと思ったりもします。